歴史・工程・哲学まで分解する“決定版”比較レポート
2025年、マセラティは静かに、しかし決定的な一歩を踏み出した。
GranTurismo / GranCabrio の生産ラインを、トリノ・ミラフィオーリから本来の故郷モデナへ戻したのである。
表面上、この移管は「工場の変更」に見えるかもしれない。
だが、実際には──
クルマに宿る“物語の層”が1枚、深く重なった
そう言うべき変化だ。
本稿では、同じ GranTurismo でありながら
**「トリノ産」と「モデナ産」**では何が違うのか。
その構造的、文化的、そして象徴的な違いを、一次情報を基に整理していく。
1. 生産地の違いは「モデルの前半と後半」を分ける境界線
■ トリノ産(〜2025年中頃)
- ステランティスの巨大コンプレックス内で生産
- Fiat 500e など量産モデルと同じ敷地を使用
- GranTurismoは“高級車ライン”として扱われるが、周囲の文脈は量産工業
■ モデナ産(2025年末〜)
- Viale Ciro Menotti(MC20 と同じ工房)で生産再開
- “原点回帰”、そして“ブランドの誇示”としてイタリア国内で大きな話題
- 新工場ラインは「少量+高工芸」へ完全特化
トリノ産は“ステランティス改革下の新生GT”。
モデナ産は“オペラ座のような工房で生まれる、マセラティらしいGT”。
こう理解するのが最も正確だ。
2. モデナ新ラインの特徴は「工房 × テクノロジー」
2025年の移管発表と同時に、モデナ新ラインの仕様が公開された。
- 45日間で移管完了
- 200名超が3,500時間の再教育
- GranTurismo / GranCabrio / MC Pura / MC Pura Cielo / GT2 Stradale が同一ライン
- 6つのマイクロエリア(ボディ→ペイント→エンジン→組立→テスト→フィニッシュ)
- AGV(自律搬送)でボディ移動
- TTS(回転式トロリー)で車種別の仕様差に即応
- Officine Fuoriserie の工程がライン内に統合
これは明確に、
「工場」ではなく“工房”である。
大量生産型のトリノとは、生産哲学が根本から違っている。
3. 真の違い:Fuoriserie と「Meccanica Lirica」パッケージ
このワンオフモデルで示された要素は、モデナ産GTを語る上で欠かせない。
モデナ回帰の象徴が、2025年11月に公開された
Meccanica Lirica(メッカニカ・リリカ)。
■ 特徴
- Trofeo ベース
- “Rosso Velluto(劇場ベルベットの赤)”
- “Oro Lirico(光で赤が浮かぶゴールド)”
- 21インチ CRIO ホイール
- 専用内装(レザー+アルカンターラ+赤染色ポプラウッド)
- そして特別な「Creata a Modena」プレート
Sky TG24 の現地レポートで確認されているように、
この「Creata a Modena」バッジは
“モデナ産”のアイデンティティを物理的に示す最初の記号である。
さらに、ドイツ紙のレポートでは:
この Meccanica Lirica の意匠要素は、今後パッケージオプションとして展開される
と報じられている。
これはすなわち:
▶ トリノ産 GranTurismo
= Meccanica Lirica の世界観は存在しないロット
▶ モデナ産 GranTurismo
= Lirica パック対応 + “産地バッジ”が物語に組み込まれるロット
という、極めて象徴的な違いである。
4. 技術仕様は基本共通。しかし「作られ方」は別物
エンジン(Nettuno V6)
Folgore の三モーターBEV
シャシー(Progetto 189)
これらのスペック上の差は現時点で公式には存在しない。
しかし、
ラインの精度(計測・フィニッシュ工程)、パーソナライゼーションの統合、スタッフ数の最適化が違えば、
同じレシピでも仕上がりが変わるのは自然だ。
マセラティ自身は
「モデナはブランドの心臓部(cuore pulsante)」
と述べており、
これは“品質の違い”というより、“文化的価値の違い”を示す言葉だ。
5. ブログ読者のための「見分けポイント」
▶ トリノ産(〜2025)
- VINの製造地がトリノ
- Fuoriserieは“外付け工程”
- Liricaパックなし
- 量産工場文脈(500eの横)
▶ モデナ産(2025年末〜)
- VINがモデナ
- Fuoriserie = ライン内統合
- Liricaパック適用(今後拡大)
- “Creata a Modena”バッジ
- MC20 / GT2 と同じリズムで組まれる“工房生産”
6. 結論
GranTurismo は「作られた場所」で別の物語を持つ
スペックで比較すれば、2つの GranTurismo はほぼ同じだ。
しかし、そこに込められた
技術者の手数、工程の密度、そして“モデナという文化そのもの”
は、まったく異なる。トリノ産は、
ステランティス再編下で誕生した新生GTの“第1章”。
モデナ産は、
オペラ座の光を浴びて復活した
“本来のマセラティ”としての GranTurismo の第2章
と言える。
クルマを“数字で読み、物語で味わう”読者なら、
この違いはきっと心を掴むはずだ。

