1914年12月1日。
ボローニャ旧市街のヴィコロ/ヴィア・デ・ペポリ1番地で、アルフィエリ、エットーレ、エルネス……マセラティ兄弟が「Società Anonima Officine Alfieri Maserati」 を開業しました。
1. 1914年12月1日──ボローニャの裏路地から始まった「トライデント」
当時のボローニャ旧市街は、いま僕たちが写真で見る観光地というより、もっと油と金属と叫び声の混じった“生きた町工場地帯”でした。
- 住所:Via/Vicolo de’ Pepoli 1, Bologna
- 創業形態:自動車エンジン製作と整備のオフィチーナ(工房)
- 主な仕事:レース用エンジン設計/製作、整備、チューニング
トライデントのエンブレムが誕生するのはもう少し後の話ですが、「モータースポーツのためのエンジニアリング」 というブランドの核は、ここで決まっていたと言っていいでしょう。
1926年、おそらくファンなら誰でも知る最初の完成車、Tipo 26 が登場し、「マセラティ」という名前がレース結果表に載り始めます。
でも、そのルーツはあくまで、“路地裏のオフィチーナで、レースのためにエンジンを組む兄弟たち”。
12月1日は、その“工房が産声をあげた日”です。
Photo: © Stellantis Media
2. 100年を超えて──110周年「Trident Experience」が示したもの
時代は飛んで、昨年2024年。マセラティは創業110周年を迎えた。
- 会場:モデナ市街 & ヴィア・チーロ・メノッティ本社
- コンテンツ:
- 工場およびヘリテージコレクションの特別公開
- 試乗・静展示
- 夜のガラ的なプログラム
- 街全体を巻き込んだインスタレーション
タイトルに“Trident”を冠したことからもわかるように、110周年は「モデルの誕生日」以上に「エンブレムの軌跡」として語られた節目でした。
3. GranTurismo Folgore「110周年記念仕様」──数字で語る“次の100年”
110周年を祝うアイコンとして用意されたのが、GranTurismo Folgore の110周年記念シリーズです。
スペックは完全に「未来側」のマセラティ:
- 最高出力:約761PS
- 0–100km/h:2.7秒
- 最高速度:325km/h
この数字だけ見れば、もう完全にレーシングカーの世界です。
興味深いのは、この110周年記念車のプレゼンテーションの中で、1914年のボローニャ(ヴィア・デ・ペポリ) と現在のモデナ(ヴィア・チーロ・メノッティ) の距離がわざわざ 「約51km」 と紹介されていたこと。
- 1914年:ボローニャの小さな工房
- 2024年:モデナで EV グランツーリスモ
“51km分の距離と、110年分の時間” を一気にショートカットしてみせるのが、GranTurismo Folgore 110° Anniversario の役割です。
4. 祝うモデナ、悩むモデナ──110周年コメントににじむ「温度差」
イタリア自治体協会 ANCI の記事では、モデナ市長がマセラティ110周年についてコメントしています。
そこではこんなニュアンスが滲んでいます:
110年の歴史を持つ偉大なブランドだが、
企業の将来にはまだ不確実性が残る。
つまり、
「誇り」と「不安」が同居している」のです。
- 誇り:
- マセラティは世界に名の知れたモデナの顔
- GranTurismo/GranCabrio モデナ回帰
- Motor Valley の象徴的存在
- 不安:
- 生産台数の減少
- 工場稼働率の低さ
- 雇用と投資の将来
ファンとしては胸が痛いところですが、これが今の“現場の温度”でもあります。
5. そして2025年──「Meccanica Lirica」、機械が歌う夜
つい先月に、マセラティはモデナで「Meccanica Lirica(メッカニカ・リリカ)」 という新しいコンセプトイベントを打ち出しました。
これは単なる記念式典ではなく、“マセラティとは何か” を改めて演出し直す舞台です。
● 主なポイント
- 会場の中心に据えられたのは、モデナのパヴァロッティ=フレーニ劇場
- GranTurismo/GranCabrio の “Meccanica Lirica” ワンオフ 2台を公開
- ヴィア・チーロ・メノッティ工場のリニューアルとセットで実施
- モデナの街を「機械と音楽(オペラ)」で満たすコンセプト演出
数字だけ見ると、
- One-Off 2台
- 生産ライン再編に関わった従業員200名超 + 3,500時間のトレーニング
という、かなり大きなプロジェクトです。
ここで重要なのは、「マセラティは“機械”であり、同時に“音楽”である」というメッセージを、オペラの街モデナで再宣言したこと。
創業110年以上たっても、レーシングエンジニアの工房だった頃の“音”へのこだわり をしっかりと前面に出してきたわけです。
6. 節目ごとに変わる「祝われ方」──100周年・105周年・SNSの時代
12月1日の“創立記念”の祝われ方も、時代とともに変わってきました。
● 2014年:ボローニャでの100周年(Centenario)
- ボローニャ市は**ヴィア・デ・ペポリの創業地に記念プレート(タルガ)**を設置。
- 市の公文書館では「100年のマセラティ史」を紹介する展示が行われました。
ここでは、「この町の路地裏で、世界ブランドが生まれた」というローカルな誇りが全面に出ています。
● 2019年:105周年+モデナ工場80周年
- マセラティ公式は「105 anni di storia / 80 anni di Modena工場」という形で
創業日を軸にマイルストーンを整理。
ボローニャのオフィチーナ、モデナ工場、レーシングの歴史……
“地理 × 時間 × レース”を一つの物語に編み直す作業が目立ちました。
● 2021年:SNSで祝う創立記念日
- 2021年12月1日には、Motor1 Italia が
マセラティの 「トライデントの写真を投稿しよう」SNSキャンペーン を紹介。
#MaseratiDay のハッシュタグで、あなたの街のトライデントをシェアしてほしい——
というような呼びかけで、世界中のファンが“自分のマセラティ”や“見つけたトライデント”を投稿しました。
100年前は路地裏の工房で始まったブランドが、今は世界中のスマホ画面の中で祝われる。
それもまた、12月1日の物語の一部です。
7. ファンとして「12月1日」をどう受け取るか
ここまでをまとめると、マセラティの“12月1日”は、次のような多層構造を持っています。
- 1914年:ボローニャの路地裏オフィチーナの記憶
- 100周年:ボローニャのタルガとローカル・プライド
- 105周年:モデナ工場80年とセットで語られる歴史
- 110周年:GranTurismo Folgore で“次の100年”を宣言
- 2025年:Meccanica Lirica で“機械と音楽”という原点に戻る
- SNS時代:世界中のファンがトライデントを持ち寄る日
そして今、モデナ市長の言葉にあるように、栄光の110年 と 不透明な将来 が同居しているのもまた事実です。
だからこそ、ファンである僕たちは、数字だけでは測れないもの──
- 工場の音
- メカとオペラが混じったような exhaust note
- モデナの街角に漂う、ちょっと古いオイルの匂い
そういう“匂い”まで含めて、マセラティの12月1日を見つめ直すべき時期に来ているのかもしれません。
1914年12月1日、
ボローニャでドアを開けたひとつの小さな工房は、
110年後の世界で、
モデナの劇場に GranTurismo を並べてオペラと競演し、
Folgore で 761馬力の雷鳴を轟かせています。
その間に何度も経営危機があり、
工場移転があり、
レース撤退があり、
EV化の荒波が押し寄せています。
それでも トライデントがまだフロントグリルに刺さっている という事実こそ、ファンとして一番誇らしい“数字にできない実績”ではないでしょうか。
今年の12月1日、
あなたはどのマセラティを思い浮かべますか?
ボローニャの Tipo 26 でも、
モデナの GranTurismo Folgore でも、
自分のガレージの一台でも——
どれも同じ一本の物語の続きです。

