Biturbo、Shamal、そして幻のChubasco
マセラティというブランドには、他の自動車メーカーには見られない
特別な「日付の神話」 が存在する。
それが―12月14日。(12/1は会社が登記された日、実稼働がこの日である。)
この日は単なる創業記念日ではない。
マセラティが 「その時代の社運と誇りを賭けた“勝負作”だけを世に問う日」 として、歴史の中で選び続けてきた、極めて重い意味を持つ日付である。
その事実は、1981年、1989年、1990年 の三つの出来事によって、はっきりと裏付けられる。
■ 1981年12月14日 ― Biturboという“生存を賭けた革命”
1981年12月14日、マセラティは Biturbo(ビトゥルボ) を発表した。
- マセラティ初の本格量産車
- 初の V6 ツインターボ
- 高級GT専門メーカーから
「現実に売れるスポーツブランド」への決定的転換
当時、アレッサンドロ・デ・トマソ体制下のマセラティは、深刻な経営危機の真っただ中にあった。
Biturbo が失敗すれば、
マセラティはそのまま消滅していてもおかしくなかった。
だからこそこの車は、
「生き残るために撃った、一発勝負の切り札」
として、12月14日 にぶつけられた。
ここでこの日付は、「マセラティ再生の日」 という意味を帯びることになる。
■ 1989年12月14日 ― Shamal、“V8神話”の最終到達点
Biturbo によって命脈をつないだマセラティは、8年後の 1989年12月14日、再びこの特別な日に 異形の勝負作 を解き放つ。
それが
Maserati Shamal(シャマル) である。
- 3.2L V8 ツインターボ
- 326ps
- デザイン:マルチェロ・ガンディーニ
- 生産台数:369台
Shamal は、Biturbo 系のシャシーに力ずくでV8を押し込んだ、極めて過激なGT だった。
合理性はない。
燃費も悪い。
快適性すら犠牲にされている。
だが、そこにあったのはただひとつ――
「それでもマセラティは、V8でなければならない」
という、魂の宣言 だった。
この Shamal が1989年12月14日 に単独で発表された意味は、極めて象徴的である。
- Biturbo = 生存のための勝負
- Shamal = 誇りを貫くための勝負
12月14日はここで、「生きるための日」から「誇りを示す日」へと昇華 した。
■ なぜ12月14日なのか?
この日付は偶然ではない。
マセラティは 1914年12月に事業活動を実務的に開始しており、会社が 現実の企業として「動き始めた日」が12月中旬=14日前後 とされている。
つまり 12月14日は、
- マセラティの “実務上の誕生日”
- 理想や構想ではなく
「実際に走り出した起点の日」
なのである。
そこにマセラティは、
- 1981年:生存を賭けた Biturbo
- 1989年:誇りを賭けた Shamal
という、ブランドの歴史を左右する二度の大勝負 を、意図的に重ねた。
この時点で 12月14日は、
「マセラティが最も重い決断を下す日」
という意味を完全に帯びていた。
■ 1990年12月14日 ― 幻の勝負作「Chubasco」という未遂
※チュバスコはモックアップである
そして翌年、1990年12月14日。
当時のオーナー アレッサンドロ・デ・トマソ は、年末恒例の記者会見の場で、予告なしに一台のスーパーカーを披露した。
それがMaserati Chubasco(チュバスコ) である。
- 完全ミッドシップ
- カーボン+アルミ系の先進シャシー
- 空力性能を重視したフォルム
- Shamal 用 3.2L V8 ツインターボ搭載想定
- デザイン:ガンディーニ
それはまさに、「Shamal の魂を、未来のミッドシップに移したマセラティ」だった。
⚠️ ただし、ここで極めて重要な事実がある。
チュバスコは“走行可能な市販試作車”ではなく、展示用のモックアップ(非走行プロトタイプ)であった。
量産構想は 400台以上とも言われたが、
- 開発コストがあまりにも高騰でF40を凌ぐといわれた
- 直後のフィアット完全買収
- 採算性が「成立しない」と判断
この結果、チュバスコは
12月14日に披露されながら、
市場に出ることなく消えた“未遂の勝負作”
となった。
■ 市場に出た勝負作、出せなかった勝負作
ここで、12月14日の意味は決定的に浮かび上がる。
Biturbo と Shamal は、「覚悟をもって市場に出された勝負作」。
| 年 | 日付 | モデル | 結果 |
|---|---|---|---|
| 1981 | 12/14 | Biturbo | 市販成功、量産マセラティの始まり |
| 1989 | 12/14 | Shamal | 市販、V8神話の最終形 |
| 1990 | 12/14 | Chubasco | モックアップのみ、市販中止 |
一方 Chubasco は、
「覚悟まではあったが、
企業体力がそれを許さなかった未来の勝負作」
だった。
だからこそチュバスコは、12月14日に披露されながら“神話になりきれなかった存在” として、今日まで語り継がれている。
■ 結論:12月14日は“夢の日”ではない
この三つの史実が示す結論は、ひとつしかない。
12月14日とは、マセラティが「夢を語る日」ではなく、「それでも市場に出すと決めた時代の勝負作」を示す日である。
- Biturbo は 生存の勝負
- Shamal は 誇りを貫く勝負
- Chubasco は 未来に挑み、敗れた勝負
この三者がそろって初めて、「12月14日は、マセラティが“時代の勝負作”を披露する日」という神話は、
史実としても、物語としても、完全な形で成立する。

