数字は減っているが、ブランドは強くなっている。
マセラティは、いま変容の真っ最中のようだ。納車台数は減少し、生産量も絞り込まれている。
にもかかわらず、売上はほぼ維持。従業員数にいたっては、むしろ微増している。
この一見矛盾する現象は、単なる“減産”ではない。
それは、マセラティが**「数より魂を」**という哲学を経営レベルで実装し始めた証だ。
| 年 | 出荷台数 | 売上高(百万€) | 従業員数 |
|---|---|---|---|
| 2023 | 2,800 | 210 | 2,100 |
| 2024 | 2,100 | 195 | 2,200 |
| 2025(推定) | 1,800 | 188 | 2,300 |
(出典:Stellantis決算・業界推計・労組資料)
📉 1️⃣ 生産台数の減少──“量を追う時代”の終わり
2025年第3四半期、マセラティの納車は約1,800台(前年2,100台)。工場での生産台数は今年に入ってモデナのチロメノッティ工場(MC20)が75台、トリノのミラフィオーリ工場(GT/GC)が140台しか製造されていない。カッシーノ工場(グレカーレ)が3535台となっている。
量産の柱だったLevanteとGhibliはすでに生産中止、GranTurismoとMC20を中心とした少量・高付加価値ラインへと完全移行している。つまり、マセラティはいま「台数を増やす競争」から自ら降りたのだ。
この減産は退却ではなく、再定義への一歩にほかならない。


💰 2️⃣ 利益構造の変化──“1台の重み”が違う
売上は**1億8800万ユーロ(前年1億9500万ユーロ)、出荷減(−14%)に対してわずか−4%**の落ち幅にとどまっている。1台あたりの平均売上は約10万4,000ユーロ(前年比+13%)。つまり、1台ごとの収益力が確実に上がっている。
その要因は明確だ。
- MC20/GranTurismo Folgoreといった高単価モデルの構成比上昇
- Fuoriserieプログラム(特注オーダー)の比率拡大
- 限定車MCXtremaなどの超高マージン車の寄与
「数を減らしても利益を出せる」構造に、マセラティは完全に舵を切ってきている証だ。
かつての“量産ラグジュアリー”から、今は“工芸的ブランド経営”へ——。



🧑🏭 3️⃣ 従業員数の微増──“人を減らさない”という選択
生産が減っても、人は減っていない。むしろ**約2,300人(2025年推定)**と、近年で微増している。なぜか?
答えは、**“機械ではなく人の手で価値を生む”**方向にシフトしているからだ。
労働組合FIOMの報告では、「従業員の一部はFuoriserieや特別塗装部門に再配置された」とある。
つまり、ラインから離れた職人が、いまは1台の車を芸術品に仕上げる現場にいる。
エンジン組立も同じだ。モデナのPowertrain Labでは、Nettuno V6エンジンを手作業で組み、同時にFolgore向けE-axleの試作が始まっている。人を減らす代わりに、“仕事の深さ”を増やしているのだ。



🔧 総括:マセラティが選んだのは「数」ではなく「密度」
生産台数は減り、効率は落ちた。だがその下で、利益率は上昇し、人の技術は磨かれている。
これは、経営の成熟でもあり、ブランドの矜持の再確認でもある。
数字のグラフでは見えない“温度”が、モデナの工場の奥で、確実に上がっている。
