去る2026年6月17日、ローマのイタリア議会公聴会から流れてきたBloombergのニュースによると、これは訃報と言えるかもしれない。
登壇したのは、ステランティスの新CEOであり、今年からマセラティのトップも兼任するアントニオ・フィローザ氏。 イタリア政府や労働組合からの「マセラティを売却するのか」「国内工場の稼働率低下をどうするんだ」という怒号に近い追及に対し、彼ははっきりとこう答えた。

「マセラティは絶対に売りに出していない。しかし今、我々に最先端のテクノロジーと優れたアイデアをもたらしてくれる『2つの重要な(中国の)候補』と、製造・開発を巡るパートナーシップ交渉の最終段階にある。」
この発言は、世界中のメディアに「マセラティ、中国企業と提携へ」という見出しで駆け巡った。
中国・BYDへのブランド売却の噂を完全否定し、伝統の「モデナ工場」や「カッシーノ工場」の雇用を守ると明言した点には、一先ず胸を撫で下ろしたが、楽観視はできない。フィザーロ氏の発言からすれば、「ついに、マセラティも『100%純血のメイド・イン・イタリー』ではなくなることを意味する。
💻 1. 「電子の脳」を他国に委ねるということ
噂されている具体的な提携先は、中国のテック巨人「ファーウェイ(Huawei)」や、EV大手の「JAC(江淮汽車)」、「BYD」だ。ステランティスは、すでに中国の「リープモーター(Leapmotor)」と合弁会社を立ち上げ、51%の株式を握る形でその最先端EV技術を欧州モデルに流用するビジネスモデルを大成功させている。今回マセラティがやろうとしているのも、まさにこの手法の横展開だ。
つまり、外側の美しいデザインや組み立ては「モデナ」の職人が行うが、次世代のクアトロポルテやレヴァンテの後継車に積まれる「電子アーキテクチャ(OS)」や「電動化プラットフォーム(バッテリー技術)」といったクルマの“脳”と“骨格”は、100%中国製になる可能性が極めて高いということだ。


先日プレビューされたばかりの改良型グラントゥーリズモやグレカーレが、内装のプラスチックを排してプレミアムメタルを奢り、ネットゥーノV6の咆哮を響かせて「これぞイタリアの栄光!」と叫んだその翌日に、この冷徹な未来図が突きつけられ、この落差は一体なんなのだ。!
🏛️ 2. 「血統」か「生存」か。マセラティが迫られた選択
しかし、感情論を一度脇に置いて、数字という冷徹なファクトを見つめ直すと、フィローザCEOの判断をただ「魂を売った」と責めることはできない。
現在、マセラティの年間世界出荷数は8,000台を下回り、モデナやカッシーノの工場は深刻な稼働率低下に喘いでいる。バグの多いインフォテインメントシステムや、遅れをとった電動化は、ドイツや日本のライバルに顧客を奪われる決定的な弱点となっていた。
マセラティ本国の最高オペレーティング責任者(COO)サント・フィチーリ氏は、この提携についてメディアにこう語っている。
「重要なのは、どこの国の企業かということではない。マセラティというブランドのアイデンティティを真に理解し、尊重してくれる『最高のパートナー』を市場から見つけ出すことだ。」
今の時代、何千億もの開発費がかかる高度な電子OSや、超急速充電バッテリーを、イタリア一国、あるいは自社グループだけでゼロから開発していては、ブランドそのものが破産して消滅してしまう。かつてマセラティ兄弟が「O.S.C.A.」を作った時代のような、エンジニアのパッショーネ(情熱)だけで完結する牧歌的な自動車作りは、2026年の現代にはもう存在しないのだ。


🔱 3. 「トライデント」の未来
「ガワはイタリアの芸術、頭脳は世界の最先端テック。」
これが、12月にモデナで開催される「マセラティ単独キャピタルマーケットデー」で発表されるであろう、新時代のマセラティの姿だ。 OSCAやItalaが中国車の車台を使って復活の狼煙を上げたように、本家マセラティもまた、中国のテックという名の「劇薬」を血肉にして生き残る道を選んだ。これを「純血主義の終焉」と嘆くか、「これでもバグのない、超一級品の走りのEVマセラティがモデナから生まれるなら歓迎だ」と現実を受け入れるか。
フロントグリルに輝く伝統のトライデント(三叉銛)のバッジを見つめながら、我々マセラティスタはエンスーとしてのスタンスを試されている。ただ一つ確かなのは、どんなに中身がデジタル化されようとも、あの官能的なプロポーションと、イタリアの光を浴びた時の美しさだけは、絶対に失ってほしくないということだ。
12月の正式発表で、フィローザ氏が我々の不安を吹き飛ばすほどの「イタリア人の意地」をみせてくれることを、今は切に願うばかりである。
