水辺に栄えた宮廷美――ゴンザーガ家が創り上げた理想郷マントヴァへ

10月20日、爽やかな秋空のもと、宿をとっているカステッロヴェートロ・モデネーゼから友人を車に乗せ、北へとアクセルを踏み込んだ。目指すは、ポー川の支流ミンチョ川が形作る三つの湖(スペリオーレ湖、メッツォ湖、インフェリオーレ湖)に三方を囲まれた水上の古都、マントヴァ(Mantova)だ。  

古代ローマの詩人ウェルギリウスの故郷としても知られるこの街は、14世紀から17世紀にかけて名門ゴンザーガ家(Gonzaga)の統治下でルネサンス文化の華を咲かせた。北イタリアの要衝として軍事的・政治的に重要な役割を果たしながら、君主たちは世界中から優れた芸術家を招き入れ、街全体を壮大な芸術品へと仕立て上げたのである。  

ゴンザーガ家の栄華を誇る「ドゥカーレ宮殿」の美術美

まず向かったのは、ゴンザーガ家の居城であり、ヨーロッパ最大級の規模を誇るドゥカーレ宮殿(Palazzo Ducale)。幾重にも連なる回廊や洗練された中庭庭園を歩むだけで、当時の権勢がまざまざと伝わってくる。  

館内を彩る美術品のコレクションは圧巻だ。古代ローマ皇帝たちの胸像がずらりと並ぶ贅沢なギャラリー(Galleria dei Mesi)、そしてルネサンスの巨匠アンドレア・マンテーニャ(Andrea Mantegna)の手による名画の数々。柱に縛られたキリストを描いたアントネロ・ダ・メッシーナらの敬虔な宗教画や、神話をモチーフにした壮麗なフレスコ画が天井や壁面を埋め尽くしている。  

なかでも世界中の芸術ファンを魅了してやまないのが、マンテーニャが手掛けた「新妻の間(Camera degli Sposi)」の天井画だ。金箔で縁取られた壮麗なレリーフの中央にくり抜かれただまし絵の青空。そこから見下ろす天使(プット)や羽を広げたクジャクの姿は、幾何学的遠近法とユーモアが融合したルネサンス空間芸術の極致と言える。  

音響と意匠の小宇宙「ビビエーナ劇場」

続いて足を運んだのは、18世紀後半にアントニオ・ビビエーナの手によって建てられたビビエーナ劇場(Teatro Bibiena)だ。  

一歩足を踏み入れると、木製のバルコニー席(ロッジャ)が幾重にも鐘状に重なる、幻想的なバロック・ロココ様式の空間が広がる。開館直後の1770年には、当時わずか13才だったヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトがリサイタルを開き、その圧倒的な音響と美しさに父レオポルトが「これほど美しい劇場は見たことがない」と感嘆の言葉を残したという逸話も頷ける。現代の劇場とは一線を画す、まるで木製の楽器の内部に迷い込んだかのような濃密な小宇宙である。  

マニエリスムの美しき離宮「テ宮殿(Palazzo Te)」

さらに旅の歩みを進め、街の南端に佇むゴンザーガ家の離宮テ宮殿(Palazzo Te)へと向かう。  

天才建築家かつ画家のラファエロの弟子、ジュリオ・ロマーノが手掛けたこの宮殿は、正方形の中庭を囲む洗練された建築美と、マニエリスム様式の至高の壁画群で知られている。幾何学的な前庭と重厚な石造りの回廊を抜け館内へ進むと、古代神話を大胆な構想と力強い筆致で描いた壮大な天井画が次々と視界を覆う。  

圧巻は「巨人の間(Sala dei Giganti)」だ。神々に挑んだ巨神族がゼウスの雷霆によって打ち滅ぼされる劇的な瞬間が、壁面から天井にかけてシームレスに描かれており、部屋全体が崩壊していくかのような錯覚を覚える。視覚的なトリックと圧倒的な躍動感が同居する、ルネサンス後期の極上のエンターテインメント空間だ。  

湖畔の風と、味覚の歴史――マントヴァの伝統料理

芸術の余韻に浸りながら外へ出ると、目の前には静かな湖面とどこまでも広がる秋の空が広がっていた。三方を水に囲まれたマントヴァは、陸地でありながらどこか島のような浮遊感と独特の哀愁を漂わせている。  
この土地の文化を語るうえで外せないのが、豊かな水系と農耕地帯が育んだ個性的で洗練された伝統料理だ。この日の昼食では、マントヴァが誇る二大名物料理を堪能した。  

 トルテッリ・ディ・ズッカ(Tortelli di Zucca):
カボチャの甘みに、砕いたアマレッティ(ビスケット)の香ばしさ、モスタルダ(果物のシロップ漬けマスタード風味)のピリッとした刺激を加え、パスタ生地で包み込んだ伝統のプリモ・ピアット。甘味と塩気、スパイスが見事に調和した味わいは、まさにゴンザーガ家の宮廷料理に端を発する贅を尽くした逸品。  

 リゾット・アッラ・ピロッタ(Risotto alla Pilota):
精米所(ピロッタ)で働く労働者たちの力飯が発祥とされる素朴で力強いリゾット。スープで煮込む一般的なリゾットとは異なり、固めに炊き上げたお米に、粗挽きの豚ひき肉(サラーメ・フレスコ)とバター、たっぷりのグラナ・パダーノチーズを和えて仕上げる。お米一粒一粒の立った食感と肉の旨味が直球で伝わる、忘れられない旨さだ。  

中世から続く水辺の要塞都市で、ドゥカーレ宮殿、ビビエーナ劇場、そしてテ宮殿と至高の美術と建築を巡り、歴史が培った滋味深い料理に舌鼓を打つ。友人を伴った秋のマントヴァドライブは、エミリア〜ロンバルディアの深い魅力を再確認させてくれる、極めて豊かな一日となった。

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